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 コラム 

2022/6/3  「脱・人見知り」

  2022年初めてのコラムになってしまいました。

 久しぶりにアドラーの本を2冊読みましたのでそのお話を。どちらも入門編の本だったのですが、今まで読んだ本で気が付かなっただけなのか、筆者が違うから解説するポイントが違うせいなのか、新たに気付いたことが何個かありました。ますは最初に読んだ「アドラー心理学 超入門」からは

 「自分の人生を自分の責任で生きる」ということ。そんなこと分かり切っていると思って、流してしまうところですが、下の文章を読んでハッとさせられました。

 「本人の信念で良いことをするのではなく、他人に褒められるために良いことをするのは健全ではない。褒められることが一番大事だとすると、悪いことをして褒められる環境の中にいた場合、進んで悪いことをしてしまう。」と書いてありました。

 だから、例えば不良グループの中にいて、悪いことをして「格好いい」と褒められたり、悪いことをすればするだけ周りから凄いと言われたり自分が認められたり恐れられたりすると、そういう行為がどんどんエスカレートしていくんですね。悪いことをすることが自分の承認欲求を満たすことになるんだということだと納得出来ました。

 最初は褒められたかっただけなのに、褒められるために行動するようになって、運悪く環境が良くなければ人生は悪い方に傾いてしまう。

 気を付けなければいけないのは、運よく良い環境にいる時もです。自分の意志ではなく褒められるために良い行為をしていると、正しいことをしていることで自分が正義だと思うようになり、出来ない人を見下したり、批判してしまったり、褒められる行為自体を美化したり・・・。

 やっているい行為は正しくても、心のありようで結果は変わってしまうこともあります。コロナで最初の頃に起きた自粛警察とか、自分の意志というより周りがやっているのだから、やらずに周りから変人扱いされたり、冷たい目で見られたくないからやっているだけなので、やらない人に直接意見を言える訳もなく、だけど許せない気持ちが消火できないので張り紙を貼ったりして自分が正しいことを証明しようとしてしまうんですよね。もし自分の意志で行っていたとしたら、対処法も変わってくるのではないでしょうか?

 そして2冊目に読んだ「アドラー心理学を実生活に取り入れてみた」という本から。著者は人見知りだったそうなのですが、人見知りしてしまう時は「嫌われたくない」とか「恥ずかしい」とか「傷つきたくない」と思ってしまって話しかけられなかったりしますよね。
 
 恥ずかしいと思う時はどう見られているか自分にしか関心がないということ、恥ずかしくない時には相手に関心が向かっていると気付いたんだそうです。その時から人見知りになることを辞めることが出来たそうなのです。

 私も実は人見知りで・・・仕事の時はもちろん話しますけれど、初対面の人に(酒の席以外では)自分からは話しかけれなかったし、それでいいとも思っていたのですが、この文章を見てからは、直そうと思うようになりました。

 人見知りじゃない人の多くは周りの人のことを考えて、輪の中に入れない人に声を掛けたり、みんなに平等に接する明るく優しい人が多いですよね。

 よく考えてみると私は子供の頃は人見知りじゃなかったと思います。誰にでも話しかけるタイプでした。でも、仲良くしている友達が自分の悪口を言っているのを聞いてしまったり、初対面でいい感じの人が自分を利用するために近づいていたことを知ったりして、いつの間にか人付き合いに臆病になっていきました。

 相手から話しかけてくれるまでは話せないので、よく「怖い人だと思った」と言われてました。

 人見知りじゃない人っていうのはすぐに誰とでも仲良くなれる人のことを言うと思い込んでいたので、社会人になってから克服しようとして無理に仲良くしようとして失敗してしまったこともありました。

 相手が信頼できそうな人だと思ったら、途端に自分のことを早くわかって欲しくて自分の話ばっかりしてしまったりして・・・思い返してみれば、無理して仲良くしようとしていた時も自分のことをわかって欲しいと思っていた時も、結局自分にしか関心がなかったってことがはっきりと理解できました。

 ヨガレッスンの時に初対面の人と話せるのは相手に関心が向かっているからなんです。だって、どんな思いでレッスンを受けようと思ったのか、どんなトラブルを抱えているのかとか、興味があるから。

 だから、今後は初対面の相手に関心を持ってみて、気になることから話しかけてみればいいんだって思ってます。もし関心が持てなかったら無理に話しかける必要はないのかもしれないですし。過剰に意識せずにコミュニケーションを取って行きたいと思います。

 もう50年以上生きてしまったけれど、これからは「脱・人見知り」で生きていこうと思います。 合掌